側頸嚢胞に当選した人の日記

20代半ばで発症率1/10万といわれる側頸嚢胞(そくけいのうほう)を患い、治療するまでの記録。医療従事者ではなく患者としての記録です。

<入院3日目>手術当日

トーリー 〜手術まで

前日の晩、あまり寝れなかった。 別に緊張しているつもりはなかったのだが、やはり心のどこか心配しているのだろう。

当日朝一番の手術だった。 朝、エコノミー症候群対策ようのきっつい靴下をはいて、自分の足で手術室前まで歩いていった。

手術室で名前確認さらに事故防止の確認のためか、患者に「今日はなんの手術をするか教えてください」と聞かれた。 その後色々機器を取り付けられたとき、心電装置からピッピッピッっと早い拍子の音が聞こえた。

「そんなに緊張しなくていいのよw」

と、優しく声をかけてくれるおばちゃん看護師。

いや、この状況でそれは無理な相談です。

手術難易度はかなり低いと聞いていたので、心配してなかったがいざそれっぽい機器を見るとやっぱり緊張する。

色々チェック(色々声掛けやってた。その辺はしっかりしてて安心する)が終わると、でかいタオルを腰にかけられ、 着ている最後の服であるズボンを剥がれる。若い人女性看護師もいたけど、緊張しているので恥ずかしがる感情が処理落ちしてるのか恥ずかしくない。 (もちろんそういう趣味もないw)

俺の現職(ITエンジニア)の仕事だとこのような重要な作業のときはバックアップを取り、万が一のときは切り戻しができるが、 お医者様方ははそれができないんだもんな、大変だな・・・と余計なお世話なことを考えながら手術開始を待つ。

酸素マスクをつけられる。

だんだん意識がなくなって来る方が怖いとおもったので、思い切って目を閉じて寝ようとした。 シューッという音とともに、ゴムのような臭い匂いがしたとおもったら、次の瞬間には夢の中にいた。

手術が終わっていた。

本当にすごい体験。時間ごと凍結されたような感じだ。今こうやって記事を書いているくらい元気だともっと楽しみたいくらいだ。 実際は意識朦朧(もうろう)としていてそんな余裕はない。

ちなみに痛みはまったくない。はじめ、あまりの無痛さにあれもしかして中止になった?と思った。 だが現実には3時間以上過ぎいた。副神経がおもったより側頸嚢胞に絡みついていて、予定より1時間遅くなったそうだ。

親父「おそかったね」

という親父に

わたし「知らんがな」

というツッコミをする体力もなくそのまま眠る。

リハビリ

夕方目が覚めた。まだ麻酔が残ってるようで非常に不愉快な香りがする。

医者「調子はどう?」

わたし「ちょっと気持ち悪いです」

医者「まだ麻酔残ってるのかもね」

そういえば気づいたことがある。尿カテーテルがない!ってかいつの間にかおむつしている。

わたし「あの、尿カテーテルは・・・?」

医者「つけてないよw すごく嫌がってたからw」

激痛を覚悟してたので、この言葉が手術成功よりも嬉しかった。生まれて何回か目に神様と、配慮してくれた医者に感謝した。

医者「だから歩く練習しようか トイレいきたいでしょ」

正直、尿意のかけらもなかったが、あとで行きたくなるかもしれないので歩く練習をすることにする。

ドレーンや点滴などいろいろな管が体から生えている ので立ち上がるのに一苦労する。

立ち上がったその瞬間、視界がブラックアウトしていく。 ポケモンのレッドが戦闘に負けた感じはこんな感じかもしれない。

ずっと横になっていたので、立ち上がったことによってぐっと血圧が下がったようだ。

もう一度挑戦する。

次はうまく立ち上がれた。以降、ふらつくことは2回ほどあったが、その後は平気だった。

痛み

流石に切り傷なので無痛ってことはないが、何もしなければほぼ無痛だった。 点滴の針のほうがずっとチクチクしたくらいだ。この手術に関しては痛みに心配する必要はまあないと思う。 (尿カテーテルもなかったし)

ああ、強いて言えば腰がとても痛い。体勢を変えられないので腰がとても痛くなる。腰痛の人注意。 あと汗がびっしょりでるのでとても蒸れる。乾いたタオルを何枚も用意しておいてよかった。 (拭いてくれるのは看護師さんだが)

この日はもう寝ることしかできない。